シベリア鉄道 5 ~ロシア旅行社

シベリア鉄道の旅 5

歴史 3

シベリア鉄道はやがて、政治的・経済的・軍事的に重要な路線となりました。

当時、第二次世界大戦が始まるまでは、アジア~ヨーロッパの連絡輸送の最短ルートとなりました。
航路でパリまで40日かかっていたのが、この鉄道を利用すると15日で行くことができました。

ソビエト時代、特に1930年代以降はスターリン独裁のため、追放された多くの国民が強制労働に従事し、シベリア開発のために酷使されました。

第二次世界大戦末期の1945年5月には、独ソ戦勝利から8月対日宣戦布告まで短期間で大量のソ連軍を輸送し、日本軍捕虜にも強制労働をさせました。

戦後、ロシアはウラジオストクへの外国人立ち入りを禁止したため、ナホトカ駅が利用されました。

1992年1月には、ウラジオストクが開放され、外国人旅客も全線の乗車が可能となりました。

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by russia007 | 2009-02-20 13:07 | 航空機・鉄道・車 | Comments(0)
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